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 リ/ハビリテーション - 機能学 #Functionics に方向付けられた全人的アプローチ
-- 解題 --
          はじめに    このサイトは、2004年暮れ、理学療法の教職に一時就いていたときに、学生さん達に、何らかの参考になるものをと、急いで創りあげた記憶がある。従って、今まで、英日の主なリンク集と、携帯を含めた掲示板が主体で、内容は伴っていなかったと反省する。この類はいくつもあるので、独自性、独創性、その背景となる哲学がキーポイントではないかと考えている、学生さんのためにも。

   トップページのアイデアだけは、長年の蓄積であり、言葉足らずながら私の信念の表明である。それで、これだけでも、しっかりと説明しなければなるまい。元来は、英語ページがトップに来ていることでもお分かりいただけるとおり、日本語の解題も、自らの英語表現からの苦しい翻訳が主体となる。療法士の世界がいまだに英語情報に頼っているだけに仕方がない。

   1981年、卒業して初めて勤めたのは、大阪のとある市立の障害児母子通園センター (産休代理) で、小さいながら充実した卒後教育の場でもあったことを、OTの先生とともに思い出す。むろん、1981年9月から、ボバース記念病院の創立以前から、たずさわれたことは、私たち二人の誇りともなっている。紀伊克昌先生はもとより、研究と臨床の両方をと希望された Paul D. Andrew 氏とともに働けたことも、良き思い出である。

   岐阜県へ帰ってからは、高齢者とのつきあいが多くなった。いくつかの老健や、介護保険下でのデイケア(通所リハビリテーション)を経験している。どこに行っても、初めて療法士を迎える職場での経験が多かった

   主に臨床に携わるものとして、ここに掲げた聞き慣れない原則は、筆者の中ではきわめて必然性あるもの。当初から Bobath 夫妻を初めとする技術の世界に興味を持ち研鑽を積んだが、後年、その原点にあるきわめて柔軟な発想や、ヒューマニズムに、心打たれるようになった:

 
Tweetする    実践三項

 1.   療法士は、真の地球市民 A therapist is the true #Terran. (*ラテン語で地球人の意)

   これは苦しい Terran の翻訳の結果だ。療法士は生活者の視点に立つし、立ちやすい。専門家である前に人間であれ、生活者であれというのは、よく言われることだ。だが一市民は、ともすれば偏見から自由ではない。西欧に劣等感を持ち、後進国に優越感を持つことはもとより、様々な、文化的に偏った見方も世間には横行している。障害や、障害者・弱者に共感を持つ仕事は、しかし、これらから自由にしうるし、他者のために一生懸命な日常は、自身の人間性を試し、人間性を変えるに十分な世界だ。地球市民への飛躍は、もう目の前にある。コミュニケーションのための自発的な英語教育のみ問題であろう。

 2.   障害学から機能学 #Functionics へ

   機能・障害・健康の国際分類 (国際生活機能分類)が、1980年の国際障害分類を改訂して出版された。議論の課程は、インターネット時代にふさわしく草案1(1997年)、2の時から公開され、議論は白熱したものとなった。

  草案1に付属された文書「IMPORTANT (重要)」(未翻訳)にあるとおり、改訂のもっとも大きな転換は、80年の「障害」分類では、肯定的側面ではなく、否定的側面に主に目が向けられ、意味が付加・逸脱して受け取られることである。例えば、機能障害 Impairments、能力障害 Disabilities、社会的不利 Handicaps の分類に従えば、否定的側面から評価することになり、実際よりも重い評価になってしまう。生活「機能」分類は、筆者の理解によれば、障害学ではなく「機能学」を生み出すことを前提に、予後や、潜在能力をふくめ、困難な生活を余儀なくされる人たちの、より明るい面を見いだそうという一生懸命な努力が、用語法の改訂にも結実したものと考えられ、180度の変更、改訂である。

   「機能学」なるものがもとより一人の手でできあがるものではないし、一理学療法士の手に余るものである。しかし、原則の大きな転換を心得て研鑽を積み、自らの理学療法学、臨床実践に役立てたい。障害学学会なるものも日本には存在するが、臨床家や学生を惑わすばかりでなく、すでに時代遅れとなった1980年定義に基づき、清瀬リハ学院の恩師 砂原 茂一先生、上田 敏先生の影響も大きい。WHO から派遣の PT 教官主任、イラン王室の後裔 コニーネ女史も、砂原先生と度々、長々議論されていたと聞く。ICF も明らかに、弟子の筆者も障害学を否定している。

  優しいバリアフリー設計?? 機能環境問題 © ErgoD.org Hida Project, 2009-
  医療人は体系的な学問のギルド社会に生きてもいるが、患者さんやご利用者について悩み、彼等からむしろ学び、問題解決型科学者と育っていく。1981年、新卒で小さな小児科の母子通園、障害児の椅子や手作りのおもちゃにも聖母整肢園で最も長けておられた OT 瀬戸先生のスーパーバイザー、そして、Bobath 病院0(ゼロ)期生としてベッドサイド訓練のみからスタートし、病院設計にも毎週通われていた、恩師 紀伊克昌先生の働きをつぶさに見てきた身を経験し、自分の車椅子 - 療法士が日本の障害環境をチェックしようとして買った - に乗って再訪問した20世紀の終わりを思い出す。Paul D. Andrew 氏の代理として、日本人間工学学会に出席できた事もあったし、Bobath 病院で初代の研究委員長も務めた。機能(障害)環境問題へのこだわりは、永年のものと言ってよいし、故郷に帰って、地域、生活リハに打ち込んでからも続いてきた。 Carr、Shepherd の著書も、ICF 国際生活機能分類も、この日本人のこだわりを後押ししてくれた。ICF Table の個人的改変は WFOT 文書による所も大きいが、日本の問題を反映している。

参考文献:

   1.Table 1. An overview of ICF, p. 11 International Classification of Functioning, Disability, and Health (ICF), World Health Organization 2001
   2."IMPORTANT," ICIDH-2 (International Classification of Impairments, Disabilities, and Handicap -2) Beta-1 Draft for Field Trials, WHO June 1997
   3.International Classification of Functioning, Disability, and Health  (ICF, WHO)
   4.国際生活機能分類


 3.   他律から 自律をば経て 独立へ  (独立人格、独立機能)
            心からなる 慈愛を込めて
            その慈愛また 家庭へ社会へ


         
四つの基本目標

 1.   Newly-Established (after wars) self-Re-education based inValuable Effectiveness (NERVE)
       戦後新たに確立された、自己再教育に基づく計り知れないほどの効果性(NERVE)


    NERVE というこの略語は、種々の神経生理学的アプローチの統合を目指したものだけでなく、あらゆるアプローチの持つ斬新性や、効果性に着目したもの。一見言葉の遊びにも取られようけれど、Yes & No といっておこう。アイデアは、1994年暮れ、アメリカへ二度目、しかも5週間の一人旅をしていたときには、はっきりした形になっていた。 要するに、計り知れないほどの効果性を目標とするのが日々の臨床であるし、例え治療時間が限られ、不利な条件で療法士が働くにせよ、ご利用者に対しては尊敬を持って望み、第一級の結果を目指さねばならない。この表現は、臨床家としての私の姿勢を示すもの。それは、特に戦後急速に療法を発展させた、先輩療法士達に対する感謝と尊敬の表れでもある、もちろん。

 2.   専門家訓練に伴う、健全な個人主義に基づく人格教育

   医と倫理の問題は、古くて新しい。療法士の仕事の淵源でもあるコス島のヒポクラテスは、医学の父と呼ばれ、科学的医療の生みの親であるばかりでなく、様々な業績を残した。殊に、彼よりもっと古い書であると言われるヒポクラテスの誓詞が、もっとも有名なものの一つであり、医師のみならずすべての専門職が、それによって倫理的誓いをすべきと主張される人も多い。

   専門職である前に人間であれというのは、文化状況がきわめて危機的である現代にこそ必須の原則であろう。人道教育(Humanitarian Education)、人格教育(Personality Education) という、古い表現をあえて持ち出す所以は、技術のみでは足りない何ものかを、はっきりと表現して補いたいためである。それは、決して、他から強制されるものでもない。弱い、悩める人たちの独立・自尊を守る一人の人間としての自律、自己規律の血肉化といってよい。

 3.   最も大切なものに、命を捧げる

   得てして療法士、殊に理学療法士の筆者は、身体機能にこだわりすぎる。当初から自覚して、精神面や人生全般にも心を注いだが、「つもり」だけであったように、後から気づいた。障害を持つ人たちの「尊厳」を取り戻し、維持するあらゆる努力をリハビリテーション、ハビリテーションと呼ぶならば、自尊、多様な人間そのものにこそ焦点を向けなければならない。自戒を込めて、再確認したい。

 4.   生態系健康のための療法士 Therapists for Eco-Health


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